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第108回 入試現代文の解法・⑩「つまり」の前後を記述の解答に活かす

 前回は、要約・言い換えの接続語である「言い換えれば」に注目して解くセンター試験の問題を取り上げました。傍線部に続く「言い換えれば」の後の内容を踏まえている選択肢は、1つしかありませんでしたね。このようにズバリ正解が決まる場合は少ないですが、2択や3択に絞ることはできます。要約・言い換えの接続語の前後は相互ヒントの関係にありますので、解答に活かしてください。
 今回は、記述問題に挑戦していただきます。といっても、考え方は全く同じです。「つまり」「言い換えれば」の前後の内容を答案に盛り込んでいきましょう。

〈例題〉
ふつう死は、心臓が停止して血流がとだえ、それに続く全身の生命活動の停止として起こる。ところが脳が先に機能停止におちいることがある。この場合、中枢神経をまとめる脳の死によって全身もやがて死ぬことになるが、人工呼吸器の力でしばらくの間は(そして現在ではかなり長期にわたって)脳死状態の身体を「生かして」おくことができる。つまり死を抑止するテクノロジーの介入によって、生を手放しながらなお死を中断された、ある種の中間的身体が作り出されるのである。ア脳死が心臓死と決定的に違うのは、死が全身に及ぶプロセスや、そのタイム・ラグのためではなく、このきわめて現代的な「死」が、上に述べた「中間的身体」を生み出すからである。脳の機能を失ったこの身体は、もはや人格としての発現をいっさい欠いて、いわば誰でもない身体として横たわっている。

問 「脳死が心臓死と決定的に違う」(傍線部ア)理由を、筆者の論旨にしたがって説明せよ。(60字程度)

 脳死について論じた文章ですね。まず、「つまり」で始まる傍線部アの前の一文に注目しましょう。脳死の段階では、まだ心臓は動いています。それゆえ、その状態を、「生を手放しながらなお死を中断された、ある種の中間的身体が作り出される」と述べているわけです。
 しかし、「中間的身体」では意味が分かりません。そこで、傍線部の後を読むと、「いわば」を挟む形で、「脳の機能を失ったこの身体は、もはや人格としての発現をいっさい欠いて、いわば誰でもない身体として横たわっている」とあります。脳死の状態では自己の意識がありません。まさに「人格としての発現をいっさい欠いて」おり、さらにそれを「誰でもない身体」と表現しています。この点を押さえて解答をまとめれば良いでしょう。

〈解答例〉
心臓死が全身的な生命活動の停止につながるのに対して、脳死は人格の発現を欠くが身体的な死には至らない状態を作り出すから。(59字)

 もう一度おさらいをすると、要約・言い換えの接続語の前後は、具体→抽象という順の場合と、抽象→具体という順の場合があります。具体と抽象の関係を見極めて、筆者の主張である抽象の部分の内容を解答に活かしてください。
 次回からは言葉の定義をする表現について解説します。

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第107回 入試現代文の解法・⑨「つまり」「言い換えれば」の前後は相互ヒントとなる

 前回は、「つまり」に代表される要約・言い換えの接続語について解説しました。評論文は具体と抽象の繰り返しによって成り立っていますが、要約・言い換えの接続語の前後では、具体→抽象の関係になっている場合と、抽象→具体の関係になっている場合とがありますから、マーク・線引きしながらどちらなのかを見極めてください。
 今回は、要約・言い換えの接続語に注目して解く問題を、センター試験から例題として取り上げます。具体→抽象の関係であるにせよ、抽象→具体の関係であるにせよ、前後は内容的に同じことを言っているわけですから、それをヒントにして解くことが肝心です。

〈例題〉
 さて、よく言われるように、紙に記された楽譜は、実際の演奏によって音響として実現されない限り、いまだ音楽ではない。存在論的な視点から考えれば、この指摘はまったく正しい。しかしその一方で、作曲家が自らの音楽作品を提示し得るのは、楽譜という形においてでしかない。作曲家は、自分の作品を直に音響として人々に提示することはできないのである。作曲家が提示した楽譜は、演奏者によって演奏されて、A音楽としての実体を得る。言い換えれば、作曲家が提示するものは、音楽作品そのものであるよりも、むしろ、その音楽作品の「テクスト」なのであって、演奏者は、その「テクスト」を解釈して音響化することで、その音楽作品を実現する。

問 傍線部A「音楽としての実体」とあるが、「音楽としての実体」についての作者の考え方を説明したものとして適当なものを、次の①~⑤のうちから選べ。

① 紙の上に書かれた楽譜としての音楽は、実際に演奏者によって演奏されることで、はじめて自立し完結した「テクスト」として存在するようになる。
② 音楽作品は、様々な演奏者によって色々な解釈をほどこされることで、はじめて作曲家の特定の作品として存在するようになる。
③ 一般になじみにくい近代西洋音楽の作品は、実際に演奏され音響構成体となることで、はじめて幅広い聴衆層に受け入れられる存在となる。
④ 楽譜の存在がそのまま音楽というわけではなく、音楽は演奏され感覚に訴えるものとなることで、はじめて実現された音楽として存在するようになる。
⑤ 作曲家が提示した楽譜を演奏者ができるだけ忠実に演奏することで、はじめて音楽は筆記的特性に富んだ「テクスト」として存在するようになる。

 傍線部の直後にある「言い換えれば」に注目しましょう。「音楽としての実体」ではよく分からないので、具体的に説明しているわけです。作曲家が示す楽譜は「テクスト」にすぎません。それを演奏者が演奏(音響化)することで、「音楽作品」として「実現」されるというのです。この内容を端的に述べている、④が正解とズバリ判定できます。その他の選択肢は、「言い換えれば」以降の内容を踏まえていないことを確認してください。
 次回は、要約・言い換えの接続語に着目して解く記述問題にチャレンジしましょう。

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第106回 入試現代文の解法・⑧要約・言い換えの接続語が示す具体と抽象の関係

 前回は、評論文は具体と抽象の繰り返しによってできているということについて説明しました。読者に分かりやすいように具体例を用いて説明し、それを抽象化して〈言いたいこと〉を述べる。筆者の主張は抽象の部分にありますので、しっかりと押さえてください。
 さて、具体と抽象の関係を示す働きをしているのが、「このように」「そういう」などの〈幅広い指示語〉でしたね。具体的に述べたうえで、段落の終わり、あるいは次の段落の冒頭で〈幅広い指示語〉を用いて、主張に落とし込むわけです。〈幅広い指示語〉は本当に解答に直結しますので、「攻略アイテム10」を用いて確実にマーク・線引きしましょう。
 そして、この〈幅広い指示語〉とともに具体と抽象の関係を示すのが、「つまり」「言い換えれば」などの要約・言い換えの接続語です。今回はこの働きを解説します。
 第一に、要約・言い換えの接続語が本文に出てきたら注意すべきことは、具体→抽象の順であるか、抽象→具体の順であるかを見極めることです。〈幅広い指示語〉では必ず具体→抽象の順ですが、要約・言い換えの接続語では逆の場合があります。
 例文で見てみましょう。

1‐現代は、マス・メディアと呼ばれるものの圧倒的な発達に支えられた、情報と宣伝の時代であり、つまり、言葉の氾濫の時代である。
2‐そのとき我々は投影のひきもどし、つまり、他人に投げかけていた影を、自分のものとして自覚しなければならない。

 まず、1の例文では、現代は「マス・メディアと呼ばれるものの圧倒的な発達に支えられた、情報と宣伝の時代」であると詳しく説明したうえで、要約・言い換えの「つまり」の後で「言葉の氾濫の時代」であるとまとめています。ですから、具体→抽象の順です。
 これに対して、2の例文では、先に「投影のひきもどし」と端的に述べたうえで、それを「つまり」の後で「他人に投げかけていた影を、自分のものとして」と説明しています。「投影」とは、心理学用語で、自分の心のうちにある感情を相手に投げかけることです。好意を寄せている異性に少し優しくされただけで、向こうにも気があるのではないかと思うことがありますよね。でも、それは「投影」による勝手な思い込みなので、勘違いしないように「自覚しなければならない」と述べているのです。それはさておき、この例文では抽象→具体となっています。
 このように、要約・言い換えの接続語の前後の関係は、具体→抽象の場合と抽象→具体の場合がありますので、判別してください。そして、筆者の〈言いたいこと〉は抽象にありますから、そちらをチェックしましょう。例文1では「言葉の氾濫の時代」、例文2では「投影のひきもどし」です。要約・言い換えの接続語の前後ではキーワードとして示されることが多いですので、丸囲みしてプラスのマークを付けましょう。
 次回は、要約・言い換えの接続語に着目して解く問題を紹介します。
 

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第105回 入試現代文の解法・⑧評論文は具体と抽象の繰り返しでできている

 前回まで4回にわたって、解答に直結する確率の高い〈幅広い指示語〉と「AではなくB」構文について見てきました。解答に直結するというのは、筆者の〈言いたいこと〉がそこにあるということです。現代文の読解とはとりもなおさず筆者の〈言いたいこと〉を捉えることであり、そのために「攻略アイテム10」はあります。まずは、「攻略アイテム10」を用いて手を動かす、そして、筆者の〈言いたいこと〉を可視化(見える化)することを心がけてください。

 今回は、その筆者の〈言いたいこと〉を捉えるうえで重要な、具体と抽象の関係についてお話したいと思います。

 「抽象」の意味については、『新ゴロゴ現代文〈語彙テーマ〉』で理解を確かなものとしましょう。「抽象」とは、〈具体的な事物から共通する要素を取り出して、頭の中でまとめること〉です。スズメ・ハト・ワシの共通点は鳥、イワシ・マグロ・タイの共通点は魚ですね。つまり、具体的な「スズメ・ハト・ワシ」を抽象化すると〈鳥〉、具体的な「イワシ・マグロ・タイ」を抽象化すると〈魚〉ということになります。

 これは語のレベルでの具体と抽象の関係ですが、文章においても具体と抽象の関係が見出されます。抽象的な内容ばかり述べていては読者がついていけなくなりますので、具体例を示すことで分かりやすく説明します。逆に、具体例ばかり並んでいても要点が見えてきませんんで、抽象化してまとめます。このように、文章(とりわけ評論文)は具体と抽象の関係によって成り立っているのです。

 では、筆者の〈言いたいこと〉は具体と抽象のどちらかでしょうか? これは、具体と抽象の関係を考えれば明らかだと思います。具体的なことというのは、そのことについてしか言うことができません。これに対して、抽象化された内容は、共通する要素なのですから、いろいろなものに当てはまります。ですから、筆者の〈言いたいこと〉は抽象にあります。筆者は、具体的な内容を抽象化して〈言いたいこと〉を述べるのです。

 これでお分かりでしょう。だから、〈幅広い指示語〉は解答に直結するのです。具体的な内容を述べてきた後で、「このように」「そういう」などの〈幅広い指示語〉を用いてまとめる。〈幅広い指示語〉は、具体例を抽象化して筆者の〈言いたいこと〉を示す働きをしているのです。このことを理解したら、もう〈幅広い指示語〉を見落とすことはできないと思います。

 さて、「攻略アイテム10」には、もう一つ具体と抽象の関係を示すものがあります。それは、「3要約・言い換え」です。次回は、要約・言い換えの働きをする「つまり」「いかえれば」などの接続語について解説したいと思います。

 

 

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第104回 入試現代文の解法・⑦「AではなくB」構文を活かして記述問題を攻略する

前回は、〈幅広い指示語〉と並んで解答に絡む確率の高い「AではなくB」構文について解説しました。対立する内容をいったん否定してから、言いたいこと(主張)を述べるというのは、日本語のひとつのリズムです。「ではなく」の前後で、プラス・マイナスの価値観をしっかり判断してください。
今回は、「AではなくB」構文を活用して記述問題に挑戦してみましょう。「ではなく」の後を筆者の主張として押さえれば、そこが解答の要素となります。

〈例題〉
身体は皮膚に包まれているこの肉の塊のことだ、と、これもだれもが自明のことのように言う。が、これもどうもあやしい。たとえば怪我をして、一時期杖をついて歩かなければならなくなったとき、持ちなれぬ杖の把手(とって)の感触がはじめは気になってしょうがない。が、持ちなれてくると、掌の感覚は掌と把手との接触点から杖の先に延びて、杖の先で地面の形状や固さを触知している。感覚の起こる場所が掌から杖の先まで延びたのだ

問 下線部「感覚の起こる場所が掌から杖の先まで延びたのだ」とあるが、このようなことが生ずるのはなぜか、その理由を、筆者の論旨にしたがって60字程度で説明せよ。

たとえば、靴を歩いているときにも、地面に触れているのは靴底ですが、足の裏でアスファルトの硬さを感じますよね。同じことを、杖を持ったときにも感じます。杖の先まで感覚が延びたように感じるのはなぜでしょうか。本文には、下線部のあとに具体例を挟んで次のようにありました。

〈例題・続き〉
このようにわたしたちの身体の限界は、その物体としての身体の表面にあるわけではない。わたしたちの身体は、その皮膚を超えて伸びたり縮んだりする。わたしたちの気分が縮こまっているときには、わたしたちの身体的存在はぐっと収縮し、じぶんの肌ですら外部のように感じられる。身体空間は物体としての身体が占めるのと同じ空間を構成するわけではないのだ。

具体例を受けて、〈幅広い指示語〉の「このように」でまとめています。しかも、その一文の文末には「ではない」とあります。「攻略アイテム10」が重なる部分は間違いなく解答に絡みますので、慎重に読んでください。最後の一文にも「ではない」とありますね。否定されているのは「身体の表面」であり「物体としての身体」です。「身体空間」が「物体としての身体」と一致しているならば、杖をもったときに感覚が起こる場所は掌のはずです。しかし、そうならずに杖の先まで延びる。それは、「わたしたちの身体は、その皮膚を超えて伸びたり縮んだりする」からです。「ではない」の後に書かれているこの一文を中心に据えれば、解答は完成します。

〈解答例〉
身体と周囲の世界との境界は、物体としての身体の表面とは一致せず、感覚のありようによって拡大したり縮小したりするものだから。

次回は、現代文を読んでいくうえで最も重要と言える、具体例と主張の関係についてお話したいと思います。

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第103回 入試現代文の解法・⑥「AではなくB」構文は日本語のリズム

 前回は、〈幅広い指示語〉が解答に絡む東京大学の問題を解説しました。東大であろうと、共通テストであろうと、読み方・解き方は変わりません。それは、現代文が「日本語の運用のしかた」を問う科目だからです。そして、その「日本語の運用のしかた」に即した「攻略アイテム10」は、どんな問題にも通用します。「攻略アイテム10」を用いて、本文にマーク・線引きが確実にできるようにしてください。
 さて、今回は、〈幅広い指示語〉と並んで解答に絡む確率の高い、「AではなくB」の構文について解説します。皆さんも、相手に何かを主張したいときに、「Aではないんだ。Bなんだ」というような言い方をすると思います。先に対立する要素(A)を否定して、その後から言いたいこと(B)を述べて強調するというのは、日本語のひとつのリズムです。現代文(評論文)でもそれは同じですので、「アイテム5・重要接続語・文末表現マーク」を用いて「ではなく」(言い切りの形の場合は「ではない」)に波線を引き、Bにプラスの内容(筆者の主張)のマークをしてください。
 多少応用した形ですが次の例題をご覧ください。

〈例題〉
 私の考えでは、芸術というものは、ある時理論を学べば、あとは、芸術家の個性にしたがって創作すればよいというものでもなければ、どだいそんなことは、できないものだと思う。芸術家は、理論を習うよりまえに、幼い時、もっと根本的な体験をしており、そのあとで、いつか、ある芸術作品に触発されて、芸術家の魂を目覚まされ、それでそれを手本にとり、理論を学びながら、最初の試みにとりかかるものだと思う。そうして、彼の成長とか円熟とかいうものは、根本的な体験につながる表現にだんだん迫ってゆくという順序を踏むのではないか。

問 筆者は下線部「芸術家の個性にしたがって創作すればよい」ということを否定しているが、それでは真の「創作」とはどのようなものだと考えているのか、その説明として最も適切なものを次のア~オから選べ。
ア 理論によって構築された表現。
イ 幼児の根本的な体験につながる表現。
ウ 西洋の大芸術との同化を目指した表現。
エ 文明体系の違いを反映した独自の表現。
オ ある芸術作品に触発されてそれに近づこうとした表現。

 「でもなければ」「できない」という表現で、下線部を含む一文の内容が否定されていますね。理論と芸術家の個性だけでは芸術の創作はできないのだと。では、筆者は何が必要かと考えているのか。続く一文に「理論を習うよりまえに、幼い時、もっと根本的な体験をしており」とあります。大前提として「根本的な体験」があるというのです。選択肢を見ると、この「根本的な体験」が含まれるイがズバリ正解と判定できます。
 次回は、「AではなくB」構文を解答に活かした記述問題にチャレンジしてみましょう。

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第102回 入試現代文の解法・⑤東大でも共通テストでも読み方・解き方は同じ

 前回は、〈幅広い指示語〉の働きについて詳しく解説しました。〈幅広い指示語〉は、それまで述べてきた具体的な内容をまとめて主張を提示し、新たな論の展開へとつなげます。段落の終わり、あるいは、次の段落の冒頭に〈幅広い指示語〉が出てきたら、しっかりと内容を整理して読み進めるようにしてください。
 さて、今回は〈幅広い指示語〉が解答に絡む問題を取り上げます。東大の問題です。

〈例題〉
 産業革命以前の大部分の子どもは、学校においてではなく、それぞれの仕事が行われている現場において、親か親代りの大人の仕事の後継者として、その仕事を見習いながら、一人前の大人となった。そこには、同じ仕事を共有する先達と後輩の関係が成り立つ基盤がある。それが大人の権威を支える現実的根拠であった。そういった関係をあてにできないところに、近代学校の教師の役割の難しさがあるのではないか。つまり学習の強力な動機づけになるはずの職業共有の意識を子どもに期待できず、また人間にとっていちばんなじみやすい見習いという学習形態を利用しにくい悪条件の下で、何ごとかを教える役割を負わされている、ということである。
問 「それが大人の権威を支える現実的根拠であった」とあるが、それはなぜか、説明せよ。(60字程度)

 傍線部に指示語の「それ」がありますが、前の文の「先輩と後輩の関係」を受けていますね。「先輩と後輩の関係」が「大人の権威を支える現実的根拠」だと言うのです。しかも、その「関係」を傍線部に続く一文で〈幅広い指示語〉を用いて「そういった関係」とさらに受けています。ですから、「先輩と後輩の関係」とはどのようなものであるのか、前に戻って押さえましょう。
産業革命以前には、子どもは現場で、先輩の「仕事を見習いながら、一人前の大人」となりました。そうした環境においては、「同じ仕事を共有する先輩と後輩の関係」が成立しましたし、仕事ができる先輩(大人)を後輩(子ども)は尊敬の眼差しで見つめたでしょう。それが傍線部で言う「大人の権威を支える現実的根拠」となったと考えられます。
しかし、「そういった関係」をあてにできないところに、「近代学校の教師の役割の難しさ」があります。〈幅広い指示語〉でまとめた後に、新たな論が展開されていることも確認してください。

〈解答例〉
それぞれの仕事が行われる場で、職業を共有する意識を持ちながら、仕事を見習うという形で先輩と後輩の関係が成立していたから。(60字)

 東大だからと言って、とりたてて難しいことが問われているわけでも、特別な読み方・解き方が求められているわけでもありません。現代文は「日本語の運用のしかた」を学ぶ科目です。その中で〈幅広い指示語〉は重要な働きをしているがゆえに、傍線を引いて問うたということなのです。そうした、東大だろうと共通テストだろうと変わらない一貫した読み方・解き方を身につけてください。
 次回は〈幅広い指示語〉と並んで重要な、「ではなく」構文についてお話したいと思います。

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第101回 入試現代文の解法・④〈幅広い指示語〉の重要な働き

 前回は、指示語が解答に直結する実際の問題をご覧いただきました。「傍線部中、あるいは傍線部の直前に指示語がある場合、まずは、指示語問題として解く」というのは、〈解法公式〉においても鉄則中の鉄則ですので、必ず守ってください。それだけで偏差値が10アップすることを保証します。
 さて、前回の例題で出てきた指示語は、「そうした」という指示語の中でも特に重要な〈幅広い指示語〉と呼ばれるものでした。〈幅広い指示語〉は、筆者の「言いたいこと」を示す重要な〈サイン〉であり、それゆえ、解答にも絡みますので、今回はこの〈幅広い指示語〉について詳しく見ていきましょう。
 〈幅広い指示語〉とは、「こういう」「このような」など、文の内容を広く受ける指示語のことです。これらは、「これ」「その」などの一般的な指示語とどのように異なるのでしょうか。簡単な例文をご覧ください。まずは一般的な指示語からです。

・この本は先生からいただいたものです。
・これが動かぬ証拠だ。

 指示語ですから、当然、受けるものがあるわけですが、一つめの例文では特定の一つの本を受けて「この(本)」と言い、二つめの例文では特定の一つの何かを受けて「これ」と言っているわけですね。つまり、一般的な指示語は特定の一つの単語を受けます。ですので、指示語が受ける内容を探すときには単語に目をつけましょう。これに対して、〈幅広い指示語〉はどうでしょうか。

・このような要因が重なって、景気が回復した。
・このように、現代の日本では終身雇用制はもはや過去の遺物となっている。

 一つめの例文は、指示語が受けるものはもちろん「要因」ですが、それは一つではないようです。複数の要因があり、それが重なり合うことで景気が回復したということです。二つめの例文でも、指示語の受ける内容は一つに特定されません。状況を総合的に捉えて、現代の日本では終身雇用制はもはや過去の遺物だというのです。
 このように、一般的な指示語が特定の一つの単語を指すのに対し、〈幅広い指示語〉はそれまで述べてきた内容を広く受けます。具体的な内容をまとめたり、それを踏まえて主張を提示したりするときに用いるのです。〈幅広い指示語〉が筆者の「言いたいこと」を示す〈サイン〉であるというのはそういうことです。
 しかも、それだけではありません。いったんまとめるということは、そこから新しい内容に入っていくということでもあります。つまり、〈幅広い指示語〉は論の展開をも示しているのです。そうした点に注意しながら読む必要があるでしょう。
 〈幅広い指示語〉の働きは以上のとおりですので、文章では段落の終わりや次の段落の冒頭でよく用いられます。それまで述べてきた内容をまとめ、新しい内容へと展開していく。〈幅広い指示語〉が出てきたら、腰を落ち着けて読むようにしてください。
 次回は〈幅広い指示語〉が絡む問題を取り上げたいと思います。

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第100回 入試現代文の解法・③

 前回は、入試現代文に取り組むうえで、「出題者の視点」が大切であることをお話しました。出題者には、客観的な読みに基づく問題の作成が求められます。だからこそ、受験生にも主観的な読みの排除が求められるのです。「日本語の運用のしかた」に基づいた「攻略アイテム10」を活用して手を動かし、解答の明確な根拠を見つけ出してください。
 さて、今回は指示語に話を戻しましょう。「傍線部中、あるいは傍線部の直前に指示語がある場合、まずは指示語問題として解く」という鉄則は、当たり前に思えますが、その当たり前を確実にこなすことで、得点力が飛躍的にupします。
 次の例題をご覧ください。

〈例題〉
 身体の暗がりからたちあがった言葉は、人間と人間、人間と世界とをひとつに結びつける見えない円環である。あるいはそうした円環のはじまりである。それは表象としての言葉、概念としての言葉であるよりも、まず呼びかける言葉であるだろう。もともと身体の暗がりのなかに包みこまれていた呼びかける言葉は、外の世界に姿をあらわすときには慎ましさと優しさをともなっている。呼びかける言葉の優しさと慎ましさは、私と私をとりまく世界を大きな編物のように編みあげていくかくれた力である。fそうした言葉の力に目をひらかれたとき、私たちは言葉が生まれでる根もとのところに立ちかえるきっかけをつかんだことになるのである。

問 傍線部f「そうした言葉の力」とはどのようなことか。もっとも適当なものを次の1~5の中から一つ選べ。
1 言葉は、円環の出発が認められるため、優しく慎ましい力が保証されているということ
2 言葉は、呼びかける力をもつことで、表象や概念としての言葉を否定できるということ
3 言葉は、優しく慎ましい性質によって、編物のような潜在的な力を備えているということ
4 言葉は、その本来の性質として、人間の連帯を可能にする柔軟な力を秘めているということ
5 言葉は、その発生の根源をたどっていけば、優しさと慎ましさの能力を発見できるということ

 傍線部fにある指示語の「そうした」が前の内容を受けていますので、冒頭から丁寧に読んでいきましょう。筆者は、言葉とは「人間と人間、人間と世界とをひとつに結びつける見えない円環」だと言います。「身体の暗がり」から外の世界に向かって「呼びかける」のです。それは、「世界を大きな編物のように編みあげていくかくれた力」を持ちます。筆者が、言葉を私と外の世界を結びつけるものとして捉えていることが分かりますね。
 選択肢を見ると、この内容をズバリ言っているのは、「人間の連帯を可能にする柔軟な力」とある2しかありません。他の選択肢は、「円環」「優しさ」など本文にある言葉を用いていますが、肝心の「結びつける」という要素が欠けています。
 さて、この例題に出てくる「こうした」は、ただの指示語ではなく、〈幅広い指示語〉と呼ばれるものです。〈幅広い指示語〉がとりわけ重要であることは、すでに第97回の記事で述べていました。次回はこの〈幅広い指示語〉について解説します。

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第99回 入試現代文の解法・②「出題者の視点」をもとう

 前回は、「攻略アイテム10」の中で最も問題の解答に直結する指示語について解説しました。指示語の受ける内容の把握が本文の読解の基本であることは、大学入試の現代文においても変わりません。「傍線部中、あるいは傍線部の直前に指示語がある場合、まずは指示語問題として解く」という鉄則を、確実に守ってください。
 ところで、指示語の受ける内容は問題の解答に直結するのでしょうか? それは、本文の筆者と出題者とは別人である、ということによります。
出題者は、本文の内容を読み取ってそれを問題にします。ですが、出題者の読みが唯一の「正しい」読みであるわけではありません。というよりも、テクスト(本文)の解釈は多様であって、出題者に限らず誰かの読みが絶対的に「正しい」ということはないのです。
 入試現代文の問題を見ると、選択問題では、「正しいものを選べ」ではなく「最も適当なものを選べ」と書かれていますね。それは、出題者に「正しい」読みを決定する権利がないからです。できるのは、誰からも客観的に「適当」だと認められる読みを問うことだけでしょう。
 そのとき、「日本語の運用のしかた」に即してここが筆者の「言いたいこと」だということは、客観的に示すことができます。その最たるものが指示語ということであり、さらに言えば、「日本語の運用のしかた」に基いて用意された「攻略アイテム10」が解答に直結するというのはそういうことです。
 多くの国語の先生は「本文を読めれば問題は解ける」と言いますし、受験生である皆さんもそう思っていると思います。しかし、事情はそう単純ではありません。本文を読むというとき、それが誰にとっての「読む」なのかということが問われるのです。極論すれば入試現代文において「読む」というのは出題者にとっての「読む」ということであり、出題者の読みにチューニングすることが問題を解くうえで求められていると言えるでしょう。
 いずれにしろ、筆者の視点だけでなく、「出題者の視点」を持つことが、入試現代文を解くうえでとても大切なことです。出題者は本文の筆者とは異なる視点から問題を作ります。ですが、出題者の好き勝手な読みで作問することは許されません。それでは問題として誰からも認められるものにはならないからです。出題者には自分の作った問題に対して客観的な解答の根拠を用意することが求められます。
 そして、そのように問題が作られているからこそ、それに解答する受験生にも客観的な読みが求められます。その、客観的な読みをするうえで大きな威力を発揮するのが、「攻略アイテム10」です。「攻略アイテム10」は、「日本語の運用のしかた」に基づいているので、主観的な読みに振り回されることなく、客観的に解答の根拠を探し出すことができます。
 次回は、指示語を踏まえた解法に話を戻したいと思います。

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