前々回の記事で、正誤問題を解く際に何よりも意識してほしい鉄則は、「問題文を正確に読み取り、問いに対する答えになっている選択肢を選ぶ」ことであるというお話をしました。何が問われているのかを把握する、正誤問題に限らず、どのような形式の問題でも、このことなくしては始まりません。
 ところで、いつも読んでいるはずなのに、受験生がその意味をよく理解していない文言が、共通テスト(前身のセンター試験から)の問題文には書かれています。それは、次のような文言です。
「~最も適当なものを~一つ選べ。」
 受験生はたいてい、正誤問題とは「正しいもの」を選ぶ問題だと思っています。しかし、問題文にはそう書かれていません。「最も適当なもの」とあるのです。同様に、誤肢を選ぶ問題でも、「誤っているもの」ではなく「適当でないもの」とあります。
 なぜこのような表現が用いられているのか? それは、どんなことでも100%正しいとは言い切れないからです。
 まず、知識系の地歴・公民の各科目について考えてみましょう。たとえば、「鎌倉時代には二度にわたる蒙古襲来があった」ということは、間違いのない史実です。しかし、その解釈となれば、意見の分かれるところでしょう。客観的に見て「幕府軍は苦戦した」というのは多くの人がそう考えると思いますが、「苦戦」という言葉は価値判断を含む以上、「いや、実は楽勝だったのだ」と集中する人がいても、あながち否定できません。
 正誤問題では、単純に名称だけではなく、その内容や時代背景・意義が選択肢文に記述されます。そこに価値判断が含まれるため、「正しいもの」とは問えない、「最も適当なもの」と問うしかないのです。
 次に、読解系の国語でも事情は同じです。現代文にしろ古典にしろ、国語では本文の読みを前提として問いが用意されますが、〈絶対に正しい唯一の読み〉などというものがあるでしょうか? 小説はもちろん、評論だって筆者の主張に対する読み手の受け止め方はさまざまでしょう。そのうちの一つを「これが正しい読みだ」と特権的に決めつけることはできません。
 だから、共通テストに限らず、国公立大二次や私大でも、国語の問題では必ず「最も適当なもの」(あるいは「適当でないもの」)とあります。それは「絶対的に正しい唯一の読みなどはなく、出題者がそれを決めつけることもできないけれども、客観的にまあそれくらいのことは言えるだろうし、誰も文句をつけないだろうものを選びなさい」という意味なのです。

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