第35回 2022年度共通テスト分析・⑤国語(小説)2
前回は、共通テスト国語(小説)について、センター試験から引き続いて〈客観的な読み〉が求められているというお話をしました。過去問を通じて十分にトレーニングを積み、その中で、〈当たり障りのない内容しか言っていない選択肢が正解〉といった正誤の判定のしかたも身につけてください。
さて、今回は新傾向型の問題について分析します。今年度(2022)の問題では、本文中に登場する「案山子」の語を取り上げ、国語辞典にある「案山子」の意味や歳時記に掲載されている「案山子」が詠まれた俳句を引用して、それをもとにした本文の解釈を求めるという問題が出されました。それは、国語以外の科目でも見られる「調べ学習」を意識した出題とも位置づけられるでしょうし、また、試行調査や昨年度(2021)の問題で見られた、複数のテクストの読解を深化させた問題とも言えるでしょう。
該当する問題(問5)は2つの設問に分かれていて、1つめは、国語辞典での意味・歳時記の俳句と、本文との対応を問う問題でした。まず、国語辞典での意味は2つ挙げられていました。
ア 竹や藁などで、人の形を造り、田畑に立て、鳥獣が寄るのをおどし防ぐもの。とりおどし。
イ 見かけばかりでもっともらしくて、役に立たない人。
アが「案山子」の本来の意味、イがそこから派生した比喩的な意味ですね。続いて歳時記にある俳句として掲げられていたのが次の3つの俳句です。
a「案山子立つれば群雀空にしづまらず」
b「稲雀追ふ力なき案山子かな」
c「某は案山子にて候雀殿」
aがア、bがイに対応していることが分かります。そして、本文では、隣の家の庭にあった看板に描かれた「男」のことを、「私」は「案山子」に見立てていたわけですが、はじめはその「男」の視線に落ち着きを失っていたのですから、a-アに当たります。しかし、「私」は庭に入って間近に見たところ、ただの看板にすぎないことに気づく。つまり、b-イに受け止め方が変化しました。この対応を的確に説明している①が正解でした。
続く2つめの設問は「私」の看板に対する認識の変化や心情を問うものでしたが、1つめの設問を踏まえて考えればけっして難しくはありませんでした。ここでは正解の選択肢のみ掲げましょう。
⑤ はじめ「私」は、常に自分を見つめる看板に対してa「群雀空にしづまらず」の「雀」のような心穏やかでない状態であった。しかし、そばに近づいてみたことにより、看板はイ「見かけばかりもっともらしい」ものであって恐れるに足りないとわかり、「ただの板」に対して悩んできた自分に滑稽さを感じている。
いろいろ書かれていますが、a-アからb-イへの変化をつかんでいれば無理なく選べます。1つめの設問が2つめの設問の誘導になっていたと言え、このような連動性のある出題の方法は今後も見られると考えられます。
次回は国語(古文)について見ていきましょう。
※試行調査および2021年度の問題については第1回~第10回、攻略法については第11回~第20回の記事で説明していますので、そちらをお読みください。