第42回 入試現代文入門・②日本語の「型」を身につけよう
前回は、現代文で求められる「読解力」とは、筆者が出す言葉の〈サイン〉を見極めて「筆者の言いたいこと」を読み取る力というお話をしました。読書経験の土台がない人は、〈サイン〉を知ることが現代文の勉強の第一歩です。しかし、その〈サイン〉とは特別なものではなく、日本語として自然な表現であるとも言いました。今回はこの点について詳しく説明しましょう。
「日本語として自然な表現」とは、どのようなものでしょうか?
日本語では、言いたいことを強調するために、「AではなくBである」のように、先に反対の内容を否定しますね。たとえば、「これは失敗ではない。成功のための準備だ」と言った場合、いったん「失敗ではない」と消すことで、「成功のための準備だ」ということを際立たせるわけです。
同様に、「もちろんAだ。しかしBだ」のような言い方もします。これは、反対の内容を「もちろん」と認めたうえで、私が主張したいのはBであると述べる表現です。日本語の奥ゆかしさとも言えるでしょうが、日本語では言いたいことが後ろにきます。
これらの表現は日本語の「型」とも言うべきもので、けっして特別ではありません。皆さんも日常の会話で意識せずに用いているでしょう。しかし、意識しないというのが曲者で、下手をすると大事な内容が流れていってしまいます。だから、文章を読む場合には、ここに〈サイン〉があると確認していく必要があるのです。
入試現代文において言葉の〈サイン〉を捉えることは、2つの意味で重要です。
第1に、入試現代文で出題される評論文は、内容的に高度で、何を言っているのかまったく分からないということがあるでしょう。そうしたとき、言葉の〈サイン〉は文章を読み解いていく手がかりとなります。まだよく分からないけれども、「AではなくBである」の形だから、Bが筆者の言いたいことだ。そのようにして、内容に分け入っていけばよいのです。
第2に、入試現代文は時間との戦いでもあります。共通テストであれば、3000字以上の文章を読んで問いに答えるのに、25分もかけられません。そうしたときにも、言葉の〈サイン〉は威力を発揮します。〈サイン〉に着目すれば、筆者の言いたいことを効率よく押さえることができるでしょう。
残念ながら人間は誤読する生き物です。勝手な思い込みから読み間違い、あさっての方向に行ってしまったという経験は、誰にもあるでしょう。そのときも、言葉の〈サイン〉で修正がかけられます。内容は読み間違いますが、〈サイン〉は絶対に読み違いません。なぜならば、日本語の「型」に根ざしたものだからです。
次回からは、日本語の「型」としての〈サイン〉を、一つ一つ解説していきたいと思います。
※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。