前回は、小説の問題では傍線部自体の言い換えが解答の根拠になるということをお話しました。傍線部にある語句を押さえるというのは評論でも変わりませんが、とりわけ小説の場合、比喩表現や婉曲的な言い回しに注意してください。
 さて、前回の記事の終わりで、取り上げた例題には「小説を読むうえでの重要な視点が隠されている」と述べました。今回はその種明かしをします。それは、小説で描かれる登場人物の心情は〈アンビバレント〉である、ということです。
 〈アンビバレント〉とは、ある一つの物事に対して相反する二つの感情を抱くことで、「両義的」とも言います。人間の心は単純ではありません。嬉しさと悲しさが同居していたり、好意を寄せているのに反発したりと、複雑なものです。小説ではそうした心情の複雑さが繊細に描かれていますから、そのような箇所に注意して本文を読み進めることが肝心ですし、また、そこから読み取られる〈アンビバレントな心情〉は解答に直結します。
 前回の例題をもう一度お読みください。

〈本文〉
 ――その瞬間、彼の母の顔はやさしく微笑んだように見えた。それから彼女は急に彼の上にのしかかるようにしながら、彼の唇の上にそっと接吻をした。彼はその接吻が気味わるくひやりとするだろうと思っていたのに、その唇はまるで生きているように温かかった。――彼は愛情と恐怖とのへんな具合に混ざり合った、世にも不思議な恍惚を感じだしていた。

 屋根裏で石膏の女性の顔を発見した「彼」は、それが亡くなった母の顔に見えます。倒れかかってきた石膏と接吻をすると、「気味わるくひやりとするだろう」と思いきや、「まるで生きているよう」な温かみを感じました。
ここには、屋根裏の薄暗がりの中で石膏の顔が浮かぶという「恐怖」と、亡くなった母に対する「愛情」という、二つの相反する心情が同居していますね。そして、その二つが「へんな具合に混ざり合」い、「不思議な恍惚」を覚えたのです。
 以下に正解の選択肢の全文を掲載します。前回は「恍惚」の語の説明で選択肢を二つに絞りましたが、今回は〈アンビバレントな心情〉の説明になっていることを確認してください。

〈選択肢〉
③ 少年は自分のつくりごとをこえた事態の展開に恐怖感をいだきつつも、そこに出現した母の唇のぬくもりに愛情をよびさまされ、官能をともなった喜びにわれをわすれた。

 「恐怖」と「愛情」という相反する二つの心情が混ざり合い、「官能をともなった喜び(=恍惚)」を覚えるという「彼」の心の動きが、的確に説明されていますね。
 〈アンビバレントな心情〉に着目して解く問題は、今年(2022)の共通テスト小説でも出題されています。小説を読む際の視点として、覚えておいてください。

※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。