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第51回 入試現代文の解き方・①本文から解答の根拠を見つける

前回まで、10回にわたって、現代文の読み方について、「ではなく」などの言葉の〈サイン〉に注目して、「筆者の言いたいこと」をつかむ方法を解説してきました。方法を理解したら、あとは実戦的なトレーニングあるのみです。学校や塾・予備校の授業で扱った文章を用いて、マーク・線引きする練習を積み重ねてください。
さて、今回からは〈解き方〉へと話を進めていきたいと思います。〈読み方〉を身につけたら、次はその読みを問題を解く段階で活かすことです。勘やフィーリングに頼らずに、確実に問題が解けるようになりましょう。
ところで、問題を解くということに関して、国語の先生は口をそろえて「本文から解答の根拠を見つけ出して答えなさい」と言いますよね。入試現代文はこれがすべてと言っても過言ではありません。その証拠に、問題の冒頭には、「次の文章を読んで、後の問いに答えなさい」と書かれています。与えられた文章の中に、解答に必要なすべてがある。この点は、前提となる知識が求められる他の科目との決定的な違いです。
現代文が苦手な受験生というのは、「これはこういうことだろう」と勝手に解釈して、間違えます。現代文で求められるのは、アナタの主観的な考えではありません。文章を客観的に読み、それをもとに問題を的確に解くことなのです。だいたい、受験生がそれぞれに自分の考えを述べていたら、正解は決められないではないですか。
ですから、解答の根拠は本文中に必ずあるということが大前提ですが、では、どのようにしてその解答の根拠を見つけ出せばよいのでしょうか? その答えはハッキリしています。〈読み方〉で身につけた言葉の〈サイン〉を手がかりとするのです。
出題者の立場から考えてみましょう。どのようなところに傍線を引き、問題を作成するでしょうか? 受験生に求めているのは、「筆者の言いたいこと」を的確に押さえることです。ならば、「筆者の言いたいこと」が解答の根拠となることは明らかでしょう。そこから外れた内容で問題を作るというようなことはまずありません。
「AではなくB」の構文では「筆者の言いたいこと」はBにあるのですから、解答の根拠となるのはもちろんBです。幅広い指示語「このような」の後にはそこまでの内容をまとめたキーワードが来ますから、もちろん解答に直結します。このように、言葉の〈サイン〉を活かして、解答の根拠を見つけ出してほしいのです。
次回からは問題の解き方を具体的に説明していきましょう。

※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

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第50回 入試現代文入門・⑩マーク・線引きで「筆者の言いたいこと」を〈見える化〉する。

 第41回の記事から、「筆者の言いたいこと」をつかむための言葉の〈サイン〉について解説してきました。言葉の〈サイン〉は日本語の自然な「型」に即したものですので、けっして裏切られません。本文の内容から入ろうとすると読み間違えますので、〈サイン〉から内容に分け入ることが肝心です。
 そして、〈サイン〉や「筆者の言いたいこと」には、マーク・線引きしていきましょう。とにかく、入試現代文は時間との戦いです。限られた試験時間の中で問題に答えるために、自分が読んだ痕跡を残しておいてください。自分で手を動かしてマーク・線引きすることで、「筆者の言いたいこと」が〈見える化〉していくというのは、とても楽しい作業ですよ。
 さて、今回は締めくくりとして、第44回の記事で取り上げた例文の続きに出てくる文章をご覧いただきましょう。貨幣と言葉にはアナロジー(相同性)があり、そこに文化の本質を探る鍵があるとのことでしたが、具体的にはどのようなことなのでしょうか?

 貨幣と言葉に共通して見出される本質としての関係とは、「〈物〉を生み出す関係」、つまりは存立的関係のことである。たとえば、〈自我と他者の関係〉がその典型と言えるであろう。あらかじめ確固たるアイデンティティを持った自我と他者が実体的に存在しているのではない。両者は関係によってはじめて生ずるのである。

 「~とは」「つまり」「たとえば」「ではない」と、これまで見てきた言葉の〈サイン〉が目白押しですね。それだけでもこの箇所が「筆者の言いたいこと」に関わると見当がつきます。
「貨幣と言葉に共通して見出される本質としての関係」とは、「存立的関係」とのことです。どういうことでしょうか? 筆者は自我と他者を例に説明しています。私は他者との関係において存在しているのであって、先に私が存在しているわけではありません。同様に、貨幣の価値は商品との関係によって決まりますし、言葉の意味も他の言葉との関係から決まります。それが「存立的関係」ということであって、筆者はそこに「(文化の)本質としての関係」を見出しているわけです。
 以上の内容を線引き・マークして押さえれば、センターで出題された次の問題の正解の選択肢を選ぶことは難しくありません。

問 「二つの本質」とあるが、それはどのようなことか、その説明として最も適当なものを選べ。

① 言葉も貨幣も、価値は〈関係〉から成り立っており、しかもその関係は存立的関係をもって本質とするということ。

 「存立的関係」というキーワードが含まれていますので、ズバリ選べるはずです。
 入試現代文入門として10回にわたってお話した内容は、本当に基礎の基礎ですが、頂上につながる基礎でもあります。言葉の〈サイン〉を武器に、ぜひ現代文の頂点を極めてください。

※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

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第49回 入試現代文入門・⑨定義の「とは」

 前回は、〈幅広い指示語〉の中でも、「このような」「そういう」などの短い語句でまとめるものについて解説しました。まとめられたその短い語句には前で述べられていた内容が凝縮されているので、本文におけるキーワードと捉えられるということでしたね。キーワードもやみくもに探し出すのではなく、日本語の「型」に沿って見当をつけることが肝心です。

 さて、今回は、これらの〈幅広い指示語〉と同様に、キーワードであることを示す言葉の〈サイン〉を紹介しましょう。それは、「~とは」です。
 「~とは」という表現は、言葉の定義をするときに用いますね。評論文で定義をするというのは、筆者にとってそれくらい重要であるということを意味します。ですから、「~とは」の形で定義されている語句はキーワードであるとみなせます。その語句を丸囲みし、右肩に+マークを付けるとともに、「~とは」以降に書かれている部分にも線引きして、定義の内容をしっかりと押さえてください。
 近年の入試問題から例文をご覧いただきましょう。

 リスクとは、何事かを選択したときに、それに伴って生じると認知された――不確実な――損害のことなのである。それゆえ、地震や旱魃のような天災、突然外から襲ってくる敵、(民衆にとっての)暴政などは、リスクではない。それらは、自らの選択の帰結とは認識されていないからである。(大澤真幸『不可能性の時代』)

 冒頭で「リスク」の語が定義されていますね。筆者によれば、リスクとは選択によって生じた不確実な存在のことです。ですから、自ら選んだわけではない天災や敵の襲来は、リスクには当たりませんね(民主主義の社会では自ら選んだ為政者による「暴政」はリスクですが、ここでは前近代の独裁政治の話をしています)。
 「リスク」の定義を押さえていれば、次の問題はけっして難しくないでしょう。

問 「たとえば自然災害の脅威は、リスクではないのか? そうではない」とあるが、筆者がそう述べているのはなぜか。最も適切なものを選べ。

① 自然災害を最新の科学の力によって完全に予防しようとしても無駄なことであるから。
② 伝統社会では宗教的な観点から自然災害を自らへの罰として受け入れざるを得なかったから。
③ 仮に被害が甚大だったとしても自然災害は選択の結果として生じるものとはいえないから。
④ 高層建築が少ない伝統社会では自然災害が起こっても現代ほど大きな損害は生じなかったから。

 「選択の結果として生じるものとはいえない」と、「リスク」の定義に即して理由を述べている③が、ズバリ正解と判定できますね。
 「本文に解答の根拠を求める」と言っても、本文全体が根拠になるわけではありません。解答の根拠となるのは「筆者の言いたいこと」にあたる部分です。そして、それは言葉の〈サイン〉によって見つけ出すことができます。言葉の〈サイン〉に着目した読み方・解き方を、自分のものとしてください。

※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

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第48回 入試現代文入門・⑧キーワードを示す言葉の〈サイン〉

 前回は、具体から抽象への転換点に置かれる〈幅広い指示語〉について解説しました。「このように」「そういう」などの〈幅の広い指示語〉は、段落の終わりや次の段落の冒頭に置かれ、そこまで述べてきた(具体的な内容)をまとめるとともに、新たな論の展開を示唆するものでした。〈幅広い指示語〉が出てきたら、いったんそこまでの内容を整理し、次の内容に備えるという、メリハリのある読み方を心がけてください。
 ところで、〈幅広い指示語〉は2種類に分けられます。1つめは、「このように」「こうして」など。これらは、「このように~である。」のように、文の形で前の内容をまとめます。もう1つは、「このような」「そういう」など。これらは、「このような○○は」のように、語や短い語句の形でまとめます。
 今回取り上げるのは後者です。「このような」「そういう」などの〈幅広い指示語〉でまとめられる語や短い語句は、そこまでの内容が凝縮されているわけですから、本文におけるキーワードと捉えられます。ですので、丸囲みをし、右肩に+マークをつけて、目に見えるようにしましょう。キーワードは解答に直結します。
 センターの過去問から例文をご覧ください。

 このような音楽の筆記性は、一九五〇年代の前衛音楽でほぼ飽和状態にまで達した――少なくとも、多くの音楽家たちはそう実感していた。そして、一九六〇年代後期には、そうした筆記性の飽和への反動として、非筆記的な即興演奏へと向かう動きが、突然、急進的な前衛音楽家たちの間に広がり始める。そうした即興演奏とは、正に、演奏する奏者同士の間で行われる音響を媒介とした口述的コミュニケーションを主眼とした音楽である。(近藤譲『「書くこと」の衰退』)

 「このような」「そうした」「そうした」と〈幅広い指示語〉が連発していますが、注目してほしいのは最後の「そうした」です。「即興演奏」というキーワードが示されています。楽譜を書いて作曲するという「筆記性」から、奏者同士のやり取りでその場で作り出す「即興演奏」への転換を、筆者は指摘しているわけです。
 この箇所を解答の根拠とした問題と、その正解の選択肢のみをご覧ください。

問 「音楽は、『無名性』を獲得するのだ」とあるが、それは具体的にどういうことか。最も適当なものを選べ。

① 音楽が、ある特定の人間の作品であることから解放され、演奏者たちが演奏の現場で共同して作り出す作品として存在するということ。

 楽譜に書かれた楽曲はベートーベンなど「特定の人間」が作曲者ですが、その場で作り出される即興演奏にそのような作曲者はいません。だから「無名性」と言えるのです。
 「キーワードを押さえながら読もう」とはよく言われることですが、キーワードもまた言葉の〈サイン〉を手がかりに見つけ出すことができます。内容の前に「型」から入るということを意識してください。

※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

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第47回 入試現代文入門・⑦〈幅広い指示語〉

 前回は、(具体的な内容)の始まりを示す言葉の〈サイン〉である「とたえば」を取り上げながら、評論文は具体と抽象のくり返しによって成り立っていること、そして、筆者の主張は〈抽象化された内容〉の方にあることを解説しました。「たとえば」「つまり」などの言葉の〈サイン〉に着目することで、具体の部分と抽象の部分をしっかりと見極め、「筆者の言いたいこと」を的確に押さえてください。
 さて、「たとえば」や「つまり」は具体と抽象の転換点を示す役割を果たしているわけですが、そのような働きをする言葉の〈サイン〉がもう1つあります。それが、今回取り上げる「このように」「そういう」などの指示語です。
 これらの指示語は、「これ」「その」などが単語や短い語句のみを受けるのに対して、一文や段落全体の内容を幅広く受けるので、〈幅広い指示語〉と呼ぶことにします。
 たとえば、発表などをするときに、それまで述べてきた内容をまとめるところで、「このように~です」と言いますね。評論文でも同様で、〈幅広い指示語〉は段落の終わりや段落の冒頭に置かれて、具体例などをまとめて要約する働きをします。(具体的な内容)から〈抽象化された内容〉に論が進んでいくことを示すわけです。
 今回も、入試現代文で最頻出の筆者の一人である鷲田清一の文章から例文を取りましょう。

 わたしたちは行為の最中に「いま」と言うより、行為がまだ完了していないとき、もしくはすでに完了してしまっているときに、「いま」という言葉を使いがちだと、中島(義道)は指摘する。「いま」という言葉には、だれかに向けて同じ「いま」の幅を共有することへの呼びかけが含まれているというわけだ。
 過去と現在がこのように言葉によって「制作」されるとしたら、未来はどうだろう。未来もまた言語的に、とまでは言わなくても「意味」によって、「制作」されるのだろうか。

 たしかに、先ほど会っていたのに、「いま○○さんと会っていたよ」と言いますね。それは、○○さんの話題を話しかけた相手と「共有」するためです。そのようにして「いま」の幅は過去へと広がっていきます。例文では、この(具体的な内容)を次の段落で〈幅広い指示語〉の「このように」で受け、過去と現在は言葉によって「制作」されるとまとめています。
 ところで、文章の途中でなぜまとめをするのでしょうか? それは、見方を変えたり、新しい話題を提示したりと、論を先に進めていくためです。例文でも、「未来はどうだろうか」と、新たな問題提起がされていますね。ですから、〈幅広い指示語〉が出てきたら、そこまでの内容をいったん整理し、次なる内容に備えるといった心構えで、読み進めるようにしてください。それが、「メリハリをつけて読む」ということです。
※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

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第46回 入試現代文入門・⑥筆者の主張は〈抽象〉にあり

 前回は、要約・言い換えの「つまり」について、機械的に後の部分がまとめと機械的に処理するのではなく、前後の具体と抽象の関係を見極めるべきことを述べました。筆者の主張は〈抽象化された内容〉の方ですから、そこを押さえることが肝心です。
 ところで、現代文が苦手な受験生には、抽象化された部分は分かりづらいので、具体的な部分だけ押さえるという人がいますが、それでは筆者の主張にたどりつきません。(具体的な内容)を踏まえて、そこから〈抽象化された内容〉を理解するということが必要です。
 なぜ、筆者の主張は〈抽象化された内容〉の方にあるのでしょうか? それは、「抽象」が具体的なものから共通する要素を取り出してまとめることであるということと関係します。(具体的な内容)というのは、その具体的なものしか言い当てることができません。これに対して、〈抽象化された内容〉は、共通する要素を含むものすべてに該当します。1つの記述であらゆることを説明できる。だから、筆者の主張は〈抽象化された内容〉の方にあるのです。
 入試現代文入門の最初の記事(第41回)で、文章というのは同じ密度で書き進められるということはなく、「読解力」のある人はメリハリをつけて読んで「筆者の言いたいこと」を的確に捉えることができる、というお話をしました。メリハリを言い換えれば、具体と抽象ということです。(具体的な内容)を流して読みつつ、〈抽象化された内容〉に入ったらギアを入れる、という読み方ができるようになってください。
 さて、今回扱う言葉の〈サイン〉は「たとえば」です。もちろん、具体例が始まることを示します。しかし、(具体的な内容)がずっと続くということはありません。どこかで〈抽象的な内容〉に切り替わるはずです。そこを見落とさないようにしましょう。
 入試現代文で最頻出の筆者の一人である鷲田清一の文章からの例文です。

たとえば、身体はそれが正常に機能しているばあいには、ほとんど現われない。歩くとき、脚の存在はほとんど意識されることはなく、脚の動きを意識すれば逆に脚がもつれてしまう。話すときの口唇や舌の動き、見るときの眼についても、同じことが言える。呼吸するときの肺、食べるときの胃や膵臓(すいぞう)となれば、これらはほとんど存在しないにひとしい。つまり、わたしたちにとって身体は、ふつうは素通りされる透明なものであって、その存在はいわば消えている。(鷲田清一『普通をだれも教えてくれない』)

 最後の一文に「つまり」とあることに注目してください。「たとえば」と「つまり」は呼応して用いられます。「たとえば」から(具体的な内容)が始まり、「つまり」で〈抽象的な内容〉に落とし込まれるのです。たしかに、体調が良いときは身体が意識されることはない、つまり、「その存在はいわば消えて」いますね。
 評論文は具体と抽象のくり返しで成り立っている。読む際にはこのことを意識してください。

※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

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第45回 入試現代文入門・⑤要約・言い換えの「つまり」

 今回解説する言葉の〈サイン〉は、要約・言い換えの「つまり」です。「文中に『つまり』が出てきたら、まとめの部分なので、しっかり読み取るように」といった指導は、これまでに受けてきたことがあると思います。ですが、それでは「つまり」の働きを完全に理解したとは言えません。「つまり」の後の部分だけでなく、前の部分も押さえましょう。そして、前の部分と後の部分の関係を捉えてください。
 実は、「つまり」でつながれた前の部分と後の部分との関係には2つあります。

1‐(具体的な内容)つまり〈抽象化された内容〉
2‐〈抽象化された内容〉つまり(具体的な内容)

 「抽象」とは、※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

「抽象」とは、具体的なものから共通する要素を取り出してまとめることです。(イチゴ・ブドウ・メロン)を抽象化すれば〈果物〉、(テレビ・炊飯器・掃除機)を抽象化すれば〈電化製品〉ですね。
 評論文は、具体と抽象のくり返しによって成り立っています。具体的な事例を挙げて説明した後で、それを抽象化して主張としてまとめる。あるいは、主張を抽象的に述べたうえで、分かりやすく具体例を提示する。その、具体と抽象をつなぐ役割をしているのが、「つまり」という言葉の〈サイン〉なのです。
 評論文では〈抽象化された内容〉の方に筆者の主張があります。ですから、前後のどちらが〈抽象化された内容〉なのかを見極めて、マーク・線引きしましょう。それとともに、(具体的な内容)もしっかり読み取って、〈抽象化された内容〉を肉付けすることが肝心です。
 次の例文をご覧ください。今回もセンターの過去問からです。

 私は、時おり、外国に住むということは、草木が移植される状態に似ているように思う。つまり有機的な感覚体験が存在全体をゆりうごかすということである。新しい土壌に存在のこまかな根の先が、おののきながら極端に微細な感覚と化して入りこんでゆくのである。(饗庭孝男『想像力の考古学』)

 「外国に住むということ」を「草木が移植される状態」と比喩的に述べたうえで、「つまり」の後で「有機的な感覚体験が存在全体をゆりうごかすということ」とその説明をする、という関係になっていますね。押さえるべきはもちろん後の部分です。
 同一の出典からもう一つ例文を挙げましょう。

 「私」とは一個の「私」である以上に「私」の属する言語圏の歴史や生活体系そのものであり、伝統であるとも言うことができる。換言すれば「私」とは深い存在なのだ。

 「換言すれば」は「言い換えれば」ということで、「つまり」と同様の意味で用いられます。この例文では、「『私』の属する言語圏の歴史や生活体系そのもの」を「深い存在」と言い換えていますが、それでは意味が分かりませんから、前者を線引きして押さえましょう。
 このように、「つまり」が出てきたら、前後の具体と抽象の関係を見極めるということを心がけてください。

※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

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第44回 入試現代文入門・④「AではなくB」の応用形

 前回は、1つめの言葉の〈サイン〉として、「AではなくB」の形を、センターの過去問を題材に解説しました。これを最初に取り上げたのは、評論文で最も出てくる形でありながら、あまりに当たり前すぎて、流して読んでしまう受験生が多いからです。限られた時間内で高度な内容を読み取り、問題に答える必要があるのですから、線引き・マークをして目に見えるようにしておきましょう。
 「AではなくB」の形では、「ではなく」に波線を引き、AとBにあたる部分を、単語や短い語句の場合は丸囲み、長めの語句の場合は線引きしてください。そして、Bにあたる部分の右肩に+(プラス)のマークを付けましょう。「筆者の言いたいこと」という意味です。問題に絡むのは当然「筆者の言いたいこと」ですので、このようにマークしておくことで、解答の根拠とすべき箇所が一目で分かります。
(なお、Aにあたる部分にも、「言いたくないこと」という意味で-(マイナス)のマークを付けておくと良いです。誤りの選択肢を見極めるのに役立ちます。)
 さて、今回は「AではなくB」の応用形を紹介します。それは「AだけではなくB」という形です。打ち消しの表現に限定を表す副助詞の「だけ」が付くと、「Aはその通りだがBはなおさらそうだ」という意味になります。漢文では「累加形」と呼ばれるものですね。
 Aは「言いたくないこと」ではなくて「言いたいこと」です。ですから+マークをつけましょう。しかし、Bはそれ以上に「言いたいこと」ということですから、◎マークをつけて強調してください。「AではなくB」の形よりも、解答の根拠となる可能性が高まります。
 例文をご覧いただきましょう。センターで出題された冒頭の一文です。

 貨幣と言葉の間には、いくつかの比喩的アナロジーを挙げることができるだけでなく、その相同性の底にこそ文化の本質を明るみに出す鍵が潜んでいるように思われて興味深い。(丸山圭三郎『言葉と無意識』)

 本文の冒頭の一文というのは、問題を提起していたり、あるいは、あらかじめ結論を述べていたりと、本文全体の構成を示していますので、内容をていねいに読み取ることが肝心です。この例文では、「AだけではなくB」の形で、Aの部分で貨幣と言葉の間にはアナロジー(=類似性)が指摘できるとしたうえで、Bの部分で両者の相同性(=アナロジー)に文化の本質を探る鍵があると述べています。この後、「貨幣と言葉のアナロジー→文化の本質」という論の展開が予想できますね。そのように見当をつけて読み進めると、回り道することなく要点を的確に押さえることができます。
 言葉の〈サイン〉とは、要するに見当をつけるためのものと言うことができるでしょう。難解な内容でも、〈サイン〉は文章に分け入る手がかりとなります。しかも、それは特別なものではなく、日本語として自然な表現なのです。
 次回は、「AではなくB」と並んで評論文でよく出てくる〈サイン〉について解説します。

※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

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第43回 入試現代文入門・③「AではなくB」

 前回は、「筆者の言いたいこと」を示す言葉の〈サイン〉とは、日本語の「型」とでも言うべき自然な表現であること、しかし、それを意識することが、内容的に高度な評論文を限られた時間の中で読み解くのに有効であることを述べました。内容は読み間違いますが、〈サイン〉は裏切りません。「国語は読書量で決まる」と言われることがありますが、言葉の〈サイン〉に着目した読解によって、その不足を補うことができます。一つ一つ確認していきましょう。
 今回最初に取り上げる〈サイン〉が、前回も例として挙げた「AではなくB」の形です。いったん否定して後ろに言いたいことを持ってくるのは、日本語の呼吸のようなものです。日常の会話だけでなく、評論文でも多用され、かつ、解答に直結します。次の文はセンターで出題された文章の一部です。「AではなくB」の形に注意して読んでください。

 文学的な経験は、単に具体的な、一回限りの経験なのではなく、それを通して当事者の人生の全体、つまりその人の世界の全体に対する態度が現れざるをえないような経験である。梶井(基次郎)はなぜ「レモン」の経験に執着するか。それは人格そのものが具体的で特殊だからである。(加藤周一『文学とは何か』)

 ここで論じられている梶井基次郎の代表作『檸檬』は、丸善書店で画集の上にレモンを置いて帰ってきた「私」が、そのレモンを爆弾に見立てて爆発するのを想像するという作品です。そこには、病弱な身や借金からくる「私」の鬱屈した心理が投影されています。それは、A「単に具体的な、一回限りの経験」ではありません。B「その人の世界の全体に対する態度が現れざるをえないような経験」なのです。AとBの関係をしっかりと押さえてください。
 実は、センター試験では、本文のこの箇所が解答の根拠となる問題が用意されていました。正解の選択肢のみをご覧ください。

問題 筆者は「科学も、文学も、世界の全体にかかるものである」と述べているが、なぜそういえるのか。その説明として最も適当なものを選べ。 

④ 主婦や子供の日常的経験は、限られた類似の経験とのみ関連するのに対し、科学では抽象化された対象が世界の全体に組み入れられ、文学では具体的で特殊な経験が世界の全体にかかっていくからである。

 この箇所には「主婦や子供の日常的経験」および「科学」への言及はありませんが、「文学では具体的で特殊な経験が世界の全体にかかっていく」という記述は、B「その人の世界の全体に対する態度が現れざるをえないような経験」とズバリ合致していますね。「AではなくB」の形から、この箇所を根拠に適当と判定できるわけです。

 このように、日本語の「型」としての言葉の〈サイン〉に着目すれば、「筆者の言いたいこと」を確実に押さえることができますし、選択肢の正誤も判定できます。「ではなく」の後に言いたいことがくるなんて当たり前と流さずに、意識して線引き・マークをすることが、読解の精度を高める確実な方法です。

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第42回 入試現代文入門・②日本語の「型」を身につけよう

 前回は、現代文で求められる「読解力」とは、筆者が出す言葉の〈サイン〉を見極めて「筆者の言いたいこと」を読み取る力というお話をしました。読書経験の土台がない人は、〈サイン〉を知ることが現代文の勉強の第一歩です。しかし、その〈サイン〉とは特別なものではなく、日本語として自然な表現であるとも言いました。今回はこの点について詳しく説明しましょう。

 「日本語として自然な表現」とは、どのようなものでしょうか? 

 日本語では、言いたいことを強調するために、「AではなくBである」のように、先に反対の内容を否定しますね。たとえば、「これは失敗ではない。成功のための準備だ」と言った場合、いったん「失敗ではない」と消すことで、「成功のための準備だ」ということを際立たせるわけです。

 同様に、「もちろんAだ。しかしBだ」のような言い方もします。これは、反対の内容を「もちろん」と認めたうえで、私が主張したいのはBであると述べる表現です。日本語の奥ゆかしさとも言えるでしょうが、日本語では言いたいことが後ろにきます。

 これらの表現は日本語の「型」とも言うべきもので、けっして特別ではありません。皆さんも日常の会話で意識せずに用いているでしょう。しかし、意識しないというのが曲者で、下手をすると大事な内容が流れていってしまいます。だから、文章を読む場合には、ここに〈サイン〉があると確認していく必要があるのです。

 入試現代文において言葉の〈サイン〉を捉えることは、2つの意味で重要です。

 第1に、入試現代文で出題される評論文は、内容的に高度で、何を言っているのかまったく分からないということがあるでしょう。そうしたとき、言葉の〈サイン〉は文章を読み解いていく手がかりとなります。まだよく分からないけれども、「AではなくBである」の形だから、Bが筆者の言いたいことだ。そのようにして、内容に分け入っていけばよいのです。

 第2に、入試現代文は時間との戦いでもあります。共通テストであれば、3000字以上の文章を読んで問いに答えるのに、25分もかけられません。そうしたときにも、言葉の〈サイン〉は威力を発揮します。〈サイン〉に着目すれば、筆者の言いたいことを効率よく押さえることができるでしょう。

 残念ながら人間は誤読する生き物です。勝手な思い込みから読み間違い、あさっての方向に行ってしまったという経験は、誰にもあるでしょう。そのときも、言葉の〈サイン〉で修正がかけられます。内容は読み間違いますが、〈サイン〉は絶対に読み違いません。なぜならば、日本語の「型」に根ざしたものだからです。

 次回からは、日本語の「型」としての〈サイン〉を、一つ一つ解説していきたいと思います。

※この記事の内容について、詳しくは『新ゴロゴ現代文』〈基礎~必修編〉〈共通テスト編〉で解説しています。

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